2026.04.29
茶色いの定理、茶色いの法則。
正義という言い方もあるけれど、
正義は案外あてにならないよね、立場や信じるものがすこしずれるだけで簡単に顔が変わるものな。
そう飲みこむくらいには順調に歳をとってきているのです。
これは茶色い料理の話しです。
それよりもなんとかの定理とか法則とか、ああいうものに思えてくるのです。
いちいち議論につき合わないし、最初からそういうものとして在って、あとからひっくり返ることもない。
かごしま黒豚のラグー、モルケッラ茸
Gigantoni,Ragù di maiale di Kagoshima
con funghi morchella
しかも、きっちり映えない。
その不器用さまで含めて、どこか正確で、それっぽいなあと思うのです。
こういうときはワインも無理に主張しないほうがいいのですよね。スキアーヴァの軽やかな果実や、スキオペッティーノの細いスパイス。どちらも派手ではないけれど、隣に静かに並べるには最適だという解です。
結局のところ、信じるに足るのはそういうものだと思うのです、声を張らず、形を変えず、ただそこに在り続けるもの。きょうもきちんと証明されているのです。